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君はあの時、警戒したはずだろう?
だから俺から逃げ出したのではなかったのか。

その判断は君にとって至極正しいものだったのに、なぜあえて危険に身を晒すようなマネをする?
今の俺は剥き出しの刃に等しいというのに、その凶器に身を晒す君はあまりにも浅慮で愚かしく……そして狂おしい程に、愛しい……!

「敦賀……さん」

抱きしめる腕に力を込める。
拒絶の言葉を聞かないために、君の身体だけでなく声すらも押さえ込むために。

初めて俺の背に回された君の腕に、幸せな錯覚に陥ることができればどれほど幸福だろう。
だがこれが単なる同情に過ぎないことを俺は嫌というほど理解していて、それに対する憤りすら感じている。
それが筋違いであると分かっていても……



――「何故」

今日一日、俺の中で消えることがなかったその言葉。
一度口に出せば、俺は感情のままに君を問い質す事だろう。
そして君を不当に切り刻んで、恐れ怯えさせてしまうに違いない。

誰よりも守りたいと思っている君を、俺自身が傷つけてしまうかもしれない恐怖。
傷ついた君が俺を避けるようになり、二度と心を開かなくなるかもしれない不安。
そしてその反面、振り返らないのならばいっそ君を滅茶苦茶に傷つけて、君の心に俺を焼き付けてしまいたいと欲する俺自身への不信と恐れ。

君とまともに向き合ったなら俺はどこまで自分を制御できるか自信がなくて、社さんがセッティングした食事でさえ本当は気が進まなかった。

「きちんと話をして気持ちを落ち着けて来い。そんな顔でいると敦賀蓮の名が泣くぞ」
そう言う彼の言葉に傍から分かるほど自分が動揺している事を知り、人の目がある場所なら理性が保てるだろうと話を切り出す決心をしたというのに。

「宜しければ今夜の食事を私に作らせて頂けませんか」
君の無防備な言葉に思わず急ブレーキを踏んだ。

こんなにも不安定な状態の俺と二人きりになる?
冗談にも程があるだろう。

しかし何やら思い違いをした君は自嘲するように弁解を始めて、それを続けさせたくはなかったがために諦念の気持ちで自宅へと向かった。

そして今、君は俺の腕の中にいる。



「あ……あの、私、何を分かっていないのでしょうか……?」
君が懸命に言葉を紡ぐ。

分かっていないのは俺の君への気持ち。
今にも決壊しそうな程に追い詰められた、恋する男の心情。

「君は、義理のためなら好きでもない男でも簡単に抱きしめられるのか?」
「え……」

何を言われているのか理解できないと、そんな戸惑いの表情を君は浮かべる。
その警戒心のない無垢さは俺を男として意識していないことを意味していて、その事実に心の奥底で何かがプツリと切れた。

柔らかな曲線を描く頬から顎にかけての線を手に取り、俺に視線を固定させる。
逃がさないように、君の表情の変化を見落とすことのないように。
そして息をする度にその存在を誇示していた、喉に張り付いて離れない言葉を開放する。

「貴島に何を言われた?」

君の目は僅かに見開かれ、その意味するところを悟った数秒後、頬が朱の色に染まった。

「な……何って、別にどうということはありません。敦賀さんが気になさることでは……っ」
「俺が気にするかどうかは俺が決めることだよ。今はそんな事を聞いているんじゃない」
俺から顔を背けようとする彼女の行為を、顎に置いた指に力を入れて阻止する。

「何を言われたのか、って聞いているんだよ、最上さん」

会ったばかりのはずの男の言葉にあれほどの動揺を見せた、その理由は何だ?
なぜ貴島には俺に見せたことのない顔を見せる?
どうしてあいつに……!

俺が本気で聞いていることを悟ってか、彼女は小さな音を立てて息を呑んだ。

「ただ、聞かれただけです」
「何を?」
「……君が事務所からの電話よりも待ち焦がれている、非通知の相手は誰?……って」

非通知の相手……?

「……ふぅん、そうなんだ……」

影のある眼差し。
恋しい誰かを想うような、切なさすら感じさせる表情……

あの時見た君はやはり誰かを思い浮かべていたということか。
貴島ではない……他の誰かを。

「それは俺も知りたいな」
彼女の耳元に唇を寄せる。

「誰なの……?その相手は」
「っ……!」

彼女の肩が電流が走ったかのようにビクリと震える。
僅かに耳たぶに触れただけだというのに……このまま噛り付いたなら君はどうするだろう。
君の口から他の男の名が出る前に、俺だけに感覚を預けて俺だけを見るようにさせてしまおうか?

「敦賀さん……っ」
「……言う気になった?」
ふくよかな耳たぶの感触を、掠めるように味わう。

「そうじゃなくてっ……ち、近すぎますっ」
「そう?別に気にならないけど」
「敦賀さんが気にならなくても、私が気になります……っ」

震えた声で言う君に嗜虐心をそそられる。
柔らかで華奢な身体、甘やかに香るその全てを手に入れたいと……そう求めるのは身勝手な欲望。

『敦賀蓮』という役柄を離れて、素の俺が表面に現れるのを感じる。
常に優しく穏やかな、所謂紳士である男とは別の顔。

本当の俺がどんな男で、何を考えているかを知ったら……

目を細めて、君の瞳を覗き込む。

君の知っている、安全圏で微笑む敦賀蓮ではないと気づいたら、君は……?

「敦賀さんですっっ!」
彼女が涙目になって、俺の仮の名を言う。

「……何……?……」
「ですから、あのっ、非通知の相手っ!」

非通知……って……え……?
何だって……?

「敦賀さん、いつも非通知で電話をくれるじゃないですか!あの時は敦賀セラピーの事を思い出して、それで私……っ」
真っ赤になって、君が懸命に説明を始める。

君の表情と、話す言葉と、その意味と。
情報は頭に入っているのに、それがきちんと結びつかない。

「俺が……君に非通知で電話をかけていた……?」
「そうです!いつも非通知ですっ」
「ああ……そういえば基本設定で非通知にしていたかも……」

では……非通知はいいとして、敦賀セラピーとはどういう意味だ?
いや、それよりも重要なのは……

「じゃあ、貴島と話しているときに思い浮かべた男って……俺、なんだ……?」
「そうですっ」

話したんだから夜の帝王は勘弁してください、とまたもや意味不明の言葉を言う君を抱いたまま、呆然と立ち尽くす。
ただ、君の顔を見つめ続けて。

「そんなに呆れなくてもいいじゃないですか!自分でもアホ面を晒していたって事は十分に分かってますっ。だから言うのが嫌だったんですよ!」

……アホ面?

「とても癒されるけど、その代わりに思考能力を奪われるなんて……敦賀さんのぎゅうには何か悪い魔法でもかけてあるんですか!?」
「悪い魔法って……君は自分がどんな顔をしていたのか、自覚していないのか?」
「え……?」
「え……って、何……」

まさか……本気で分かっていないというのか、この子は。
あんな、好きな男を想うような艶のある表情をしておいて。

好きな、男の……?

―――好きな女の子だったら、なおさらだよ。
え……?
え……って何……?―――

似たイメージの会話が頭の中に蘇る。
以前、社さんと交わした……あれは、いつの頃だった……?

確かあの時から社さんは俺とこの子の事を騒ぐようになって……だが俺はそんな自覚など全くなく、真っ向から否定をしていた。

確実に芽吹いてはいたものの、成長するかどうかは不確かな淡い想い。
あの頃の俺と同じようなものが、この子の中で育っているのか?

「敦賀さん……?」
黙り込んだ俺をいぶかしんで、彼女が声をかける。

ドラマの共演、そして初めてのスランプ。
近くに君がいたからこそ……いてくれたからこそ、気づき育った想い。

もし俺が君の傍に居続けたなら、君は俺だけを見つめてくれるのだろうか。
どうしようもない程に君に焦がれる俺と、同じだけの想いを君が抱いてくれる可能性が、ある……?

……それならば……

「ありがとう、最上さん。話してくれて嬉しいよ」

できるだけ優しく、君に不安を与えないように。

「でも、確かに他の人の前ではあんな風にぼんやりとはしない方がいいかもしれないな」

余計な虫を誘き寄せないようにやんわりと釘を刺して、はいと返事をする君に頷いて。

「あとね、もう一つ」
「何ですか?」

小首を傾げて促す君に、愛しさがこみ上げてくる。

「君が癒されると言ってくれるなら、俺の腕は君のためにいつでも空けておくよ。その代わりと言っては何だけど、君の腕も俺のためだけに空けておいてくれる?」
「私……敦賀さんが私にしてくれたのと同じように、敦賀さんを癒すことができたんでしょうか……?」

自信なさげに言う君の頭を、そっと俺の胸へともたれさせる。

「ああ、凄く落ち着くことができた。だからね……もし君に好きな人ができたら俺に教えてくれる?その時まで君の腕は俺が借り受けたいから」

もちろん俺以外の名など、彼女の口から出させる気はない。
君が他の男に恋焦がれて俺から離れていく……その恐怖を味わうのは今日一日だけで十分だ……!

背中にある小さな手が、ギュッと握りこぶしを作るのを感じる。

「そんな心配はいりません。私、恋なんてもう二度としませんからっ」
痛みを帯びた声に、君の心の傷が深いことを改めて知る。

君の気持ちが俺に向いているならば、無理をさせるつもりはない。
少しずつ自分の想いに歩み寄ってくれればいい。
恋はしないと誓っていても、心は簡単にその封印を解いてしまうものだから。

君の気持ちが膨らんで、否定することも出来ないほどに俺を想うようになってくれる……その時が来るまでに、俺も自分の戒めを解けるよう努力しよう。
今の俺は、まだ君を手に入れる資格はないから。
その権利を得るために俺は俺なりに模索するから、君も必ず俺に辿り着いて。

「じゃあ約束だよ、最上さん。君を癒すのは俺で、俺を癒してくれるのは君だ。……いいね?」
「はい、敦賀さん」

俺は決して君の傍を離れない。

だからいつの日か、お互いに違う感情でこうして抱き合える日を現実にしよう。


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