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待宵草 1

この話は「狗尾草7」から分岐したもので、元々は小ネタとして公開したものを連載化しました。
本筋とは違う、少々暗めの展開となりますのでご注意ください。


***************************


「誰なの……?その相手は」

耳元で囁くその声の響きに、僅かに耳たぶを掠めるその感触に、力が抜けそうになる。
なぜ敦賀さんはこんなことを聞くのだろう。
この人にとって関係のない話のはずなのに。

「……言う気になった?」

言えるわけない。
あんな呆けた顔をして「あなたに抱きしめてもらったことを思い出していました」なんて、言えるわけないじゃないですか……!

敦賀さんの目がスッと細められ、雰囲気が変わった。
艶かしいという表現がぴったりのこの表情は……夜の帝王……!

どうしよう。私、このヒト苦手なのにっ。

心臓が早鐘を打つ。
早すぎて止まってしまいそうなほどに。
苦しいのに、ひたと私を見据えるその瞳から目を逸らすことができない。

「敦賀さん、あ……の……」
「いいよ」
「え……?」
「もういいから」

もういいって、どうして……?

「俺は君が誰を想っていたかは知らないし、もう……知る必要もない」

口角だけで敦賀さんが笑う。
こんな冷えた表情、今まで敦賀さんはしたことがない……!

私、怒らせた……の……?

「敦賀さ……」
「違うよ」

クスリと笑って敦賀さんが私の言葉を遮る。

「その名は俺の本当の名じゃない。君は知っているはずなのに、呼んでくれないの?」
「本当の名前じゃないって……」

そういえば軽井沢でビーグルから助けてもらった時に、芸名だという話をしていたような気がする。
特に気に留めていなかったけれど……

「私、敦賀さんの本名をお聞きしたことはないはずですが……」
「あんなに俺の名を呼んでくれていたのに?……キョーコちゃん」

鼓動が一つ大きく跳ねる。
敦賀さんに名前を呼ばれるなんて、初めてで……

……ううん、違う。二回目だ。
以前敦賀さんが熱に浮かされて無意識に呼んだ、その時以来……

「俺は変わってしまったから分からないかもしれないね。容姿も性格も昔とは違う。俺も最初は君の事が分からなかったから仕方がないけどね」
「何のお話ですか……?」
顎に当てられた指の力が強められる。

「初めて会った時に、君は俺にこう言ったよ。『あなた、妖精?』ってね」

…………!
それは、その言葉は……

「久しぶりだね、キョーコちゃん。会いたかったよ」

そう言って壮絶なまでに美しく微笑む人は私の知っている過去の少年とも、尊敬する先輩とも違う……全く別の存在だった。

「なぜ、今そんなことを……?」
涙が自然にボロボロと沸き出ては頬を伝っていく。

誰よりも会いたかった人。
元気に暮らしているかと誰よりも心配していた人。
その人に会えたのに、名乗り出てくれたのに……

感じるのは嬉しさではなくて……震えがくるほどの恐怖。

一体なぜ……

「君を確実に縛るために」
「縛る……?」
「もう手段は選ばない。有効な手なら封印した過去も利用してみせるよ」

……怖い……!
駄目だ、ここにいては。
この人の腕の中にいてはいけない。

頭の中で警報が鳴り続けているのに……動くことができない。

『夜の帝王』
そう名づけたこの人の一面が、私はなぜこれほどに苦手なんだろう。
恐ろしくて仕方がないのに、それ以上に惹きつけられてしまうのはなぜ……?

「ねえ、呼んで?キョーコちゃん。俺の名を……」
「コ……ーン」

呼んだ瞬間に重ねられた唇。
それは荒れ狂う波のようで、私は暗い海原に投げ出されるような感覚に捕らわれた。

その波が私をどこに連れていく気なのかも分からないままに……


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