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待宵草 2

コーンはいつも私の傍にいた。
例え10年以上会っていなくても、彼の存在はいつも身近な所にあって私を支え続けてくれていた。

「京都の夏はひどく暑くて……日射病で倒れた俺を、君は涙を浮かべて心配してくれたね、キョーコちゃん……」

優しい声がゆっくりと、懐かしい思い出の日々を語る。
それは二人しか知らないはずの、大切な宝物の時間……

――コーンッ、しっかりして。はい、これっ。

過去の私がコーンの額に、川の水で濡らしたハンカチを当てる。

――ありがとう、キョーコちゃん……

コーンはそう言って、日射病で辛いのにも係わらず、私を安心させるために笑ってくれた……はずなのに。
その笑顔が、なぜか見えない。

どうして……?

木に凭れている彼の輪郭が、ゆらりとぼやけ始める。

消えないでっ!

咄嗟に伸ばした、その手が空を切った。

コーン、どこにいるの?コーン!

私は彼を求めて駆け出した。
右も左も分からないままに。

走って走って……
ようやく見つけた長身の人影にしがみつく。

置いていかないでっ!

必死に掴んだ腕。
無我夢中で捕まえたその人に心から訴える。

腕にしがみついたままの私の手に、大きな手が重なった。
驚いて顔を上げると、彼はとても辛そうな眼で私を見つめていた。

守れなくて、ごめんね……

唇がそう動いたと感じた瞬間、手の中にあったものが、その姿が、霧散した。

敦賀、さ…ん……?
い……や………

「嫌ぁぁぁっ!!!」

消えないでっ…敦賀さん……!

「敦賀……さん、敦賀、さん……っ」

嫌、嫌なの……っ

「嫌……っ」
「嫌?」

低い声が私の言葉を繰り返し、身体の上にある重みがその動きを止めた。

私を射るように見つめる強い眼差し。
それが現実のものである事を理解するのに、数秒がかかった。

「敦賀…さん……」
「それは仮の名に過ぎないと言っただろう?」

彼の手が強い力で私の顎を上向かせる。

「その名で呼んだところで無駄だよ。そして嫌だと言われても、もう止める気はない」
「違う、違うんです…っ」
「何が違う?」

責めるように彼が聞く。
何が違うかなんて、私にも分からない。

頭の中がぐちゃぐちゃで……

でも、嫌……嫌なの……
どうしていいか、分からない。

助けて……
助けて、敦賀さん……

――俺が守ってあげるのに……

かつて敦賀さんが私に言ってくれた言葉……

「敦賀、さん……守って……」

突然、目元を強く口付けられる。
唇で拭き取られるような感覚に、私は再び涙を流していたことに気が付いた。

「守りたかったさ。俺が、俺だけが君を守りたい……それは今も変わらないのに……っ!」
彼の頭が私の顔の横に崩れるように落ち、身体に巻きついている腕に力が込められる。

「君に差し伸べられる、他の男の手があることが許せない。その手を取る君が、許せない。そして……」
彼は一度言葉を切ると、吐き出すように後を続けた。

「本当の俺から目を背けている君が、許せなくて……苦しくて……」

私に覆い被さる彼の身体が、小さく震え出す。
まるで何かを恐れるように。

「愛して、いるんだ……君を……」

敦賀…さん……

「俺はいつも君を怖がらせてばかりで、そんな俺をいつか君が見限るのではとずっと怯えていた……」

私が…敦賀さんを見限る?
なぜ……?

「愛しくて仕方がなくて……君を抱きしめたいと、キスをしたいと、思っては耐えて……こんな気持ちを君にぶつけたら、君は俺を心の中から抹消してしまうから……気持ちを抑えて……」

抹消?
私が、敦賀さんを……?
そんなことあるわけないのに……

「でも君はそんな俺の気持ちに気づこうともしないで、昔と変わらない無垢な笑顔で無邪気に近寄ってくるんだ」

彼が顔を上げる。
乱れた前髪に隠れることなく、光を放つ瞳。

「それがどんなに俺にとって幸福で……苦痛だったか……君には想像もつかないだろうね」

彼が皮肉めいた笑いを口元に浮かべる。
それがスイッチだった。

もう何度目になるか分からない口付けが降って来る。
言葉にならない思いを全て伝えようとするかのようなその激しさに、麻痺していた恐怖が蘇る。

背中に回されていた手が、私の身体を探るように肌を這い始めた。

や、だ……怖い……
このままでは……失ってしまう……!

嫌……
そんなのは、嫌……っ!

「コーーンッ!」

鎖骨を弄んでいた唇の動きが止まり、彼は嬉しそうに微笑んで私の顔を見た。

「何?キョーコちゃん……」

違……う……
これは、彼じゃない。
敦賀さんでも、コーンでも……私の大切な二人の表情ではない……

い、や……

「お願い、戻ってきて……行かないで……っ」
「何の話……?俺はここにいるだろう?もう、君から決して離れないし、離しはしない……!」

狂気を帯びた瞳……それは彼が言葉通りに、例え常軌を逸脱してもそれを実行するだろうことを物語っている。

「お願い、守って……っ」
「それは俺からということ?それともこの行為から?……どちらにしても、無理だ。君を手に入れるためなら俺はもう……」
「違う!あなたを守って欲しいのっ」

怖い……怖くて怖くて仕方がない……
組み敷かれているこの状況が、男性であるこの人が……

でも何より怖いのは、本来のこの人を失うこと……!

私は、なけなしの勇気を振り絞る。

「確かに私は何も知らなかったけれど、でも私は私なりにあなたが大切で……コーンも敦賀さんも私にとってかけがえのない人で、絶対に失いたくなくて……っ」

彼のシャツをぎゅっと両手で握り締める。

「私に手を差し伸べてくれる人なんていない。泣いている私を慰めてくれたのは、昔も今もあなた以外にいないんです!コーンと敦賀さんしか……っ」

涙が次々に溢れ出して、頬を熱く濡らす。

「あなただって分かっていないんですっ!あなたが私にとってどんなに大事な存在か!どんなにあなたに救われてきたかっ。愛とか恋とか、本当のあなたと偽りのあなたとか、決めないといけないんですか?そうしないと、私はあなたの傍にいられないんですかっ?」

混乱して言葉が纏まらないままに、思いを一気にぶつける。
今言わなくては伝わらない気がして、昂ぶった感情をそのままに。

「そうしないと、あなたはあなたでは無くなるんですかっ?そんなのは私は嫌なんですっ……!」

視界がぼやける。
目の前にあるはずの敦賀さんの顔も、もう分からない。

私は堪え切れなくて、子供のようにしゃくり上げながら、ただ泣き続けた。


「限界……なんだよ。俺が俺でいられなくなるほどに……」

私の頭を両手で抱えた彼が、ポツリと言葉を落とす。

「言葉で、身体で、君を縛り付けようと……それで君が手に入るならと極論に達してしまうほどに……君を欲しているんだ……それが俺のエゴだと分かっていても」

私の纏まりのない言葉に答えようとする、その声の響きは私が知っている人のものだった。

良かった……帰ってきてくれたんだ……

「期待しては打ち砕かれる、そんなことを繰り返していては、俺はまた自分をセーブできなくなるから……」

敦賀さんの心地の良い声……

「俺を想ってくれるなら、決めてくれないか?キョーコちゃん」

私を呼ぶコーンの声……

「俺だけを見てくれると。愛してくれると」

私は失わなくて済んだんだ……

その喜びと安心感からふっと微笑んで……私は意識を手放した。


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