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『泣けば誰かが助けてくれる』

そんな砂糖菓子よりも甘ったるいこと、今まで考えたこともなかった。
だって私の16年の人生の中で、それが実現したことなどなかったから。

でも、あの時……

――大丈夫だよ……コーンはちゃんと元気でやってる……

私を慰めてくれる声がとても優しくて、包み込んでくれる腕があまりにも温かくて。
だから私のためにそれを提供してくれるという敦賀さんの好意が、言葉にできないほど嬉しかった。

そう……とても、嬉しかったの。



「全く、少し考えれば分かることだろう?」

ダークムーン撮影現場の控え室の一角。
仁王立ちで立ったまま私を見下ろす敦賀さんと、その供え物の如く縮こまって座っている私と。
二人の間の空気が、現在冬真っ盛りの12月の外気よりも冷たいのは間違いないと思う。

「彼に君の携帯番号を教えて、俺にメリットがある?」
「ありません……」
「俺が君の個人情報を他人に教えると思った?」
「思いません……」

ちくり、ちくりと刺してくる言葉の棘を受け入れるしかない私は、まるで裁縫箱の片隅に収まっている針刺しのようだ。

「君は本当に騙されやすいな」

呆れ声で敦賀さんが言う。
今までに一体、何度このセリフを聞かされたことだろう。

でも、回数から言えばあなたに騙されたことが一番多い気がするんですが……?

心の中で小さな反撃をするも、それを口に出す度胸はない。

さすがにこれ以上、地雷を踏む気は起きないものね……
自然、自嘲を伴った笑みが浮かぶ。

……それにつけても、腹が立つのはあのナンパ男だわ!

「俺、そんな事言ったっけ?だとしたら少し言葉を省略していたかもな」

時間が経てば経つ程どうにも腑に落ちなくて、休憩に入ったあの男を捕まえて確認してみればいかにもしらばっくれたセリフが返ってきた。

「一体、何を言い落としたんですか?」
「覚えてないなぁ……ということは大した内容じゃないんじゃない?」
「その言葉一つで意味が大きく変わることもあるんですから、是非とも思い出してください」
「ん~~、やっぱり面倒臭いから落としたままでいいよ。なんなら京子ちゃんが適当に拾っておいて」

拾えるものなら拾いたいわよ、あんたが故意に落としたその言葉っ!

「最上さん?」
敦賀さんの声に思考が完全に外れていたことに気づく。
そろそろと顔を上げると、真っ直ぐに私を見つめる敦賀さんと目が合ってしまった。

「誰の事を考えているの……?」
「誰って……す、すみません、顔に出てましたか…?余りにも腹立たしかったものでつい…あ、もちろん敦賀さんの事ではありませんからっ」
「ふーーーん……」

ガクンと更に急降下した体感温度に、思わず身震いをする。

ああ、もうっ、叱られている最中に不機嫌そうな顔をしてどうするの、私!
敦賀さんが怒るのは当然じゃない!!

どうしよう、このままでは大魔王光臨だわっ。
でも弁解のしようもないし……っ。

有効な対策を練ることも出来ず、大魔王の光臨を覚悟して肩を竦ませたままギュッと目を瞑る。

来るかな、来るかな……来るか…な……………
まだ、来ない……?

……え……!?

恐る恐る目を開けると、真正面にいたはずの敦賀さんの姿がどこにもなかった。
椅子から立ち上がり、慌てて辺りを見回す。

「敦賀さんっ?どこですか、敦賀さん……っ」
「……ここだよ」

長い腕が私の目の前で交差して、肩を大きく覆うように重ねられた。
後頭部には温もりのある重みが生じ、甘く優しい香りがふわりと漂う。

「敦賀さん?」

どうして私の背後にいるんですか……?
それにこの体勢は一体?
これは一体、どんな新手のイジメですか??

掴めない状況に頭の中ではグルグルと聞きたい事が渦巻いているのに、言葉としてそれが出てこない。

「俺が、怖い……?」
「え……」

敦賀さんが囁くように、切なさすら感じる声で私に聞く。

「なぜ……そう思うんですか」
「君が身を竦ませていたから」
「あ、あれは……」

敦賀さんが怖いと言うよりは、むしろ大魔王が怖いわけで……
それにそもそもの原因は私にあるのが分かっているから、余計に怖さも倍増してしまうのだけれど。

「こんな事で君を怯えさせているようではいけないな。ごめん、最上さん」

肩に巻かれた腕に力が込められるのと同時に出された、細く深い息。
それは敦賀さんの心情を表しているかのようで、胸がズキリと痛んだ。

「あのっ、それは敦賀さんが謝るようなことではなくて、私が余計な事を考えていたからいけないんですっ」

慌てて否定しようとして、その勢いで僅かに足元がよろつく。
踵が後ろのパイプ椅子にぶつかり、カシャンと金属特有の高い音が鳴り響いた。
音の余韻が消え室内が静けさを取り戻した直後、敦賀さんがクスリと笑い声を漏らした。

「まるでこの位置は今の君と俺のようだな。俺が求めていても君は違う所を見ていて、近くにいるはずなのに根元で噛み合っていない。この障壁が消える日はいつなんだろうね」

……何だろう、このモヤモヤとした感覚。
この前から感じていたけれど、なんかこう後向きで受身っぽくて……いつも前を向いている敦賀さんらしくない。
私が追っている敦賀さんは……!

椅子越しに私の肩を包んでいる長い腕を、きゅっと両手で掴む。

「何言ってるんですか、敦賀さん!こんな物が壁だと言うならさっさとどかせばいいんです!」
「……どかす?」
「そうです!女の私だって片手で片付けられますよ。敦賀さんなら楽勝でしょう?何を悩んでいるのかは知りませんが、目の前に問題があるのなら嘆くよりもそれを撤去するための行動に移したらどうですか!?」

後ろにいる敦賀さんの顔を見るのは体勢的に厳しいけれど、でも何とかその表情を見ようと振り返りながら感情のままに訴えた。
……のはいいけれど。

敦賀さん、はっきりと分からないけど……もしかして無表情?

私、敦賀さんがなぜそんな事を言うのかも分かっていないくせに、説教めいたことを言ってしまって良かったのかしら……!?

言うだけ言ってから理性が戻り、一転して顔が青褪める。

もしかして私、地雷踏んだのかもっ……

「行動に移してもいいんだ?」
「へ?」

内心動揺しまくっていた私は、敦賀さんの言葉を捕らえきることができなかった。
肩を覆っていた腕が離れて下へと移動し、大きな手が私の腰を掴む。

「では遠慮なく」
「え?……きゃあぁっ……!」

両足が床を離れたかと思うと部屋の景色が横に流れ、半円を描くようにして身体が宙を舞う。
とすんと背中に当たったのは敦賀さんの広い胸で、そこでクルリと向きを変えられた。

「つ、敦賀さんっ」
「何?」
「何?じゃありません!それは私のセリフです…っ!」

びっくりした……いきなり何をするの、この人はっ!

「君が言った通りに椅子をどけたんだけど」
「どけたと言うか、動かしたのは椅子じゃなくて私じゃないですか!」
「まあそうだけど結果は一緒だからいいじゃないか……ね?」

ね?じゃないでしょう~~!
何をそんなに楽しそうな声で言ってるんですかっ。

「だけど、参ったな……」
「な、何がですか?」

この場合、ぼやくのはむしろ私の方ではないかと思うのですがっ。

「俺が悩んでいる事の解決策は実は凄くシンプルなんだって、他の誰でもない、君に教えられるとはね。時が来るまで待とうなんて戒めてみても、結局は無理なんだという事がよく分かったよ」
「はあ……」
「だからね、妬いて君に嫌な思いをさせるぐらいなら、こうやって最初から抱き寄せようと思って」

妬くって……一体、誰が何に対して?
それに抱き寄せるって……抱き寄せ……って、ちょっと待って!

実際に言葉にされて、今の体勢がどんなものであるかを改めて認識する。

「敦賀さん、ここがどこだか分かってますか?」
「控え室だね」
「そうです、ダークムーンの出演者共有の控え室ですっ。今、誰かがこの部屋にフラリと入ってきたらどうするんですかっ」
「そうだね、どうしようか。まあ、控え室はこの部屋だけではないし大丈夫じゃないかな」
「何を根拠に大丈夫だなんて暢気なこと言ってるんですかっ。とりあえず離してください!」

両手で敦賀さんの胸を押した……けれど、ぴくりとも動かない。
私、パワーはある方だと思うのに、敦賀さんとは鍛え方が違うのかしら。
それともやっぱり、男の人だから……?

……なんて、分析している場合じゃないっ!

「敦賀さん、本当に冗談はこれくらいで……」
「冗談ではないよ。約束しただろう、最上さん。俺を癒してくれるって」
「確かに約束はしましたがっ」
「だから癒してもらっているんだよ。俺の腕の中にいる娘さんは、どうも俺を信用してくれていないようだから心が傷ついてしまってね」

ふぅーとついた溜息は、いかにも演技がかった露骨なもの。

「信用はしてますし、信頼もしてますっ」
「そう?俺よりも貴島君の言う事の方を信じたのに?」

もうっ、またそこに話が戻るんですね?

あ……でも元々この事について話していたのに、私の迂闊な言動で脱線したんだっけ……

「あれは別に信じたわけではなくて、反射的に敦賀さんを呼んでしまっただけです」
「そう?でも俺にしてみたら、ちょっと寂しかったな。だから……」

敦賀さんは下を向いて、胸元にいる私の目を覗き込む。

「慰めてくれる?」

慰めるって……敦賀さん、しっかりと私を抱き締めているじゃないですか!
これ以上どうしろと?

じとっと抗議をする思いで見つめると、敦賀さんの視線が下ろしたままの私の腕へと注がれた。

……手が休んでいるぞ、ってことですね?

にっこりと微笑む敦賀さん。
一見柔らかな表情にも関わらず、ここで私が腕を回さなければ開放してはくれないだろう頑固さをも、それは内包していた。

ちらりと一瞥すると、どうする?と言うように敦賀さんはその笑みを増した。
誰をも虜にするに違いない艶やかな笑顔は天上を舞う天使のものか、はたまた闇を呼ぶ悪魔のものか。

どちらにしても、私はとんでもないものに捕まってしまったらしい。

一昨日の敦賀さんとの約束……それは私にとっても嬉しいもので深く考えることもなく了承したけれど、もしかして軽率だったかも……

そう気づいたところで時既に遅く、そしてこんな状況でも敦賀さんの腕の中はやっぱり心地が良くて。

胸がほっこりと温まるような幸せな温もり。
敦賀さんも私と同じように感じてくれているならいいな……

そう願いながら私は敦賀さんの広い背中に両腕を回し、そっと抱き締めた。



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「狗尾草」 END


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