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一昨日の夕食のお礼ということで、敦賀さんが食事に連れて行ってくれることになった。
お礼をして頂くほどのものではないと一度は断ったものの、既に個室を予約してあるということで結局ご好意に甘えることとなったのだ。

「ところで最上さん」
「はい、何ですか?」
敦賀さんが運転をしながら私に話しかける。

「一昨日聞き損ねたんだけど『敦賀セラピー』や『夜の帝王』って、どういう意味?」
「えっ、そ、それは……!」
「どうやら君にとっての俺のイメージというものが色々あるようだから、じっくり話を聞きたいと思ってね」

じっくりって……どうしてそんなつまらない事を覚えているんですかっ。

青褪めた私に気づいたのか、敦賀さんの笑顔がきゅらきゅらと輝き出す。

「どうやら面白い話が聞けそうだね?」

本当に面白い話だって思ってるんですかっ!
だいたいそんな似非紳士スマイルで言われても疑わしいだけですからっっ。

……と、そう思ったときにハタと思い当たる。
この名前をつける癖がまずいんだわ。

私、他には口に出して言ってないわよね?
『大魔王』……は言ったその場で瞬殺されそうだし、『神の寵児』は寝ぼけて口走っていなければOK、『天然いじめっこ』は聞こえてなかったはず……

「ふぅん……」
敦賀さんの声が思考の小部屋に篭っていた私を引きずり出した。

「どうやら聞くことが増えたみたいだね?」
いつの間にか車は駐車場に止まっていて、敦賀さんはハンドルに片肘をついて私をじっと見つめていた。

いいやぁぁぁぁぁっっ!!!
心の中で絶叫し、ピキンッと身体が音を立てて固まる。

「今夜は楽しい夜になりそうだな」

外から助手席のドアを開けてくれた敦賀さんはそう言うと、私が逃げるのを防止するかのようにしっかりと肩に手を置いて、言葉の通り本当に楽しそうに私に笑いかけた。

その笑顔が天使のものなのか、悪魔のものなのか……後者の予感をひしひしと感じつつ、私は敦賀さんに促されて和風の装飾の施された店内へと足を踏み入れた。


          *************


彼女が俺を意識し始めている……その事実を知って、あの子への想いは落ち着きをみせるどころか更に膨れ上がり、それに伴い不安感も増大していた。

手に入るかもしれない宝物が横から攫われる可能性はゼロではなく、その危険があるものには極力彼女を近づけたくないというのが本音だ。

貴島が彼女に本気になるとも思えないが、彼がどんな行動に出るかも想像がつかない。
何があってもその日のうちにフォローができるようにと、離れに個室のある料亭に予約を入れた。

だがどんな理屈をつけてみたところで本当は……
少しでも彼女の傍にいたい、自分だけを見ていて欲しいと、そう願っているだけなんだ俺は……!

加速している想いを自覚しているだけに、彼女を自宅のマンションに呼ぶことだけは自制した。
俺は今、それをよくやったと自分を褒めるべきか、大バカだったと罵るべきか、判断に迷っている。


「敦賀セラピー」について、最上さんは少し照れながらも嬉しそうに語ってくれた。
自分にとって初めて差し伸べられた手なのだと。
俺の抱擁がセラピー効果があると感じられるほどに癒されると話す彼女は、言葉では表現できないほど愛らしかった。

そして「夜の帝王」。
この聞くからにして一癖ありそうなネーミングについて、最上さんはなかなか口を割ろうとはしなかった。
だが俺の笑顔の圧力に負けたらしい彼女が話し始めた内容によると、どうやらダークムーンごっこでテンパってごまかしに走った時の俺のことを指しているらしい。

「だって、ぎゅうにキス教えてあげようか?ですよっ。そんな言動がサラリと出来て、更に妖しくも艶かしく笑うあの姿は夜の帝王としか表現のしようがありませんっ!」

開き直って力説する彼女に、俺はもう苦笑いをするしかなかった。
その行動をしたのが「敦賀蓮」ではない、素の俺だからこそ余計に。

「本当にあれだけはやめてくださいっ。私、苦手なんですからっ」
「どうして苦手なの?」

恋愛事に不慣れな彼女がそう言うのは理解できるが、本来の自分を否定されているようで面白くなく、俺は彼女に問いかけた。


          *************


「だって、それは……っ」
「それは?」

どうしてそんな言いにくいことを聞くんですかっ!?
敦賀さん、あなたは自分が『夜の帝王』」の時にどんな表情をしているのか、自覚してないんですか?
あんな世の中の全ての女性にとって目の毒と言える、フェロモン垂れ流し状態のあなたに私如きが太刀打ちできるわけがないでしょう?

慣れた手つきで私の唇をなぞったあなたの指に、キスをしたことがあるかと聞くあなたの声に、知らないなら教えてあげようかと誘うあなたの瞳に、私がどれほどドキドキしたかなんて全然分からないんでしょうね。

これだから女性と付き合い慣れている人は……
そう思ったとき、心臓にちくんと小さな痛みが走った。

いけない、また一人で考え事をしていたら敦賀さんの気を悪くしてしまう。

私はその痛みの理由に思いを馳せることを避けて、とにかく目の前の問題に取り組むことにした。
なんとか話を変えることができないかとチラリと敦賀さんを盗み見ると、答えを聞くまでは梃子でも動かないという感じの待ち受け顔がそこにはあった。

……どうしよう。

私、あの人には極力関わりたくないのに……あの『夜の帝王』には。
今の私を築いているものが壊れていくような、そんな恐怖を感じさせるから。

でも、その原因が何なのかは知りたくない。
知ってしまえばきっと、私の世界は変わってしまう。

だから……駄目なんです、敦賀さん。
お願いだからそれ以上は聞かないでください。

私の心の訴えは、敦賀さんには到底届きそうも無かった。


          *************


「困るから……です」
「なぜ?」
「………………」
「最上さん?」
「怖いんです……」

怖い…?俺が……?
その一言にズキリと胸が痛んだ。

「もう決めているのに。二度とあんな思いはしないんだって……なのに……」
「どんな思い……なの?」
「それは……」

質問には答えずに黙りこみ俯いてしまった彼女に手を伸ばしかけて、一瞬躊躇する。

もしこの手を振り払われてしまったら、俺は……?

揺れる心。
それを抑えるために、俺は一度下ろした右手をグッと握り締める。

ここで逃げては駄目なんだ。
彼女の気持ちを俺に向かせると決心したからには、目を背けてはいけない。

「最上さん、触れるよ?」
「や……」

僅かな抵抗の声を聞かなかったことにして、俺は彼女の顎に手をかけて上を向かせた。

目に写ったのは赤く染まった頬と潤んだ瞳。
そして触れた指を意識するかのように僅かに震える唇。

俺を怖がっている?
違う、これは……この表情は……

「最上さん、君が恐れているのは……」
「ち、違います!私はまだ大丈夫なんですっ!大丈夫……っ」

必死に君が打ち消そうとしているものは、俺が期待しているものなのか?
君はもう、気づいているのだろうか。
気づいていて、目を逸らそうとしている?

「落ち着いて、最上さん。無理に否定しようとしないで、俺に教えて。『夜の帝王』の俺を見て、君はどう思った?」
「どうって……いつもの敦賀さんと違って、全然知らない男の人みたいで……」
「ああ……」
「凄く艶かしくて視線が外せなくて」
「うん……」
「ドキドキして……目が回るほどクラクラして……」

素直に話す彼女の、その一言一言が胸に響く。

アレが『敦賀蓮』ではないと気づいていた君に。
俺から目が逸らせなかったという君に。
胸が高鳴り眩暈を起こすほどだったと語る君に。

どれほど俺が揺さぶられているか、分かっているだろうか?

いっそ、苦手だという『夜の帝王』となって、溢れる感情のままに君を抱きしめてしまいたい。
……その後にストッパーが効くかどうかは、正直なところ自信は無いが。

なぜこの場所が自宅ではないのかと悔やむ気持ちと、保険をかけておいて良かったと安堵する気持ちと……相反する感情は間違いなく両方とも俺の中で存在していて、互いにせめぎ合いながらも両立している。

「敦賀さん……?」

俺の邪な葛藤を知らずに名を呼ぶ君に、一つだけ伝えておこう。
おそらくは君が恐れている言葉を。

「教えてあげるよ、最上さん。それはね、恋の前兆なんだ」

俺と君の、望む未来を手に入れるために。


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