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タイミング 5

「最上さん、これは……?」
蓮の前に、ウーロン茶のグラスと共に土の質感のある茶色い小鉢が一つ置かれた。

「お二人にはもうお出ししていたんですけど、大将からの差し入れの煮物です。いつも私がお世話になっているお礼だと言って作ってくださいました」
「それは嬉しいな、ありがとう。最上さんはここの人に大切にされているんだね」

先ほどの会話とは全く違う、包み込むような笑顔を蓮は浮かべる。

「後で大将さんには俺からもきちんとご挨拶をさせて頂くよ。君にとって大事な人なんだろう?」
「は……はい……アリガトウゴザイマス……ッ」

キラキラと輝きだした蓮の笑顔にキョーコちゃんが顔を引きつらせる。

蓮、お前そんな笑顔で何を企んでいる!?
一体どんな挨拶をするつもりだっ!?

……なぁんて突っ込んでみたところで、どうせ俺が空振るだけなんだろうな。
こいつはキョーコちゃんへのアプローチには妙に慎重なところがあって、あからさまな行動に出たことはない。
お世話になっている下宿先の人にも、せいぜい良い先輩の皮を被って好感度を上げるのが関の山だろう。

それでもわざわざこんな言い方をしたのは、俺の隣に座っている男への牽制のためだ。
障害の芽は早々に潰しておきたいというところか。

思い出されるのはあの軽井沢でのストーカー事件。

仕事を何よりも優先してきた蓮がキョーコちゃんの様子がおかしいからと、それだけの理由で沖縄での撮影を早めてもらい、尚且つ俺を先に軽井沢へと派遣した。
休憩なしでの撮影は蓮自身も大変だっただろうが、それに付き合うスタッフや他の撮影者にも大きく影響が出たことだろう。
常に客先や仕事仲間に配慮する蓮からは考えられないことだった。

蓮がそこまでして守ろうとしたキョーコちゃんは既に災難にみまわれた後で、あろうことかあの不破尚に助け出されていた。
間に合わなかった悔しさ、彼女を助けることのできなかった辛さ、露骨に皮肉る不破への憤り、彼女に打ち明けてもらえなかった悲しさ。
蓮はあらゆる感情に苛まされたに違いない。
よく次の日に立ち直れたものだといまだに不思議なくらいだ。

朝食二度食い事件の後(蓮が重複して食事をとるなどそれこそ前代未聞だ!)、なりふり構っていられないと蓮が溜息混じりに吐露したところを考えるに、キョーコちゃんに不破かあるいは誰か他の男が接触を計ったんだろう。

あまりにも恋愛関係に無防備な彼女のために、これからも蓮は彼女の知らないところで害虫の駆除活動に励むんだろうなー………

「キョーコちゃん、この出汁巻き卵は初めて食べたけど美味いね」
「そうでしょう?私も大好きで大将に作り方を教えていただいたんですよ」
「そういえば最上さんが前に差し入れてくれたお弁当の中に入っていたね。凄く美味しかったよ。また今度お願いできるかな?」

ああ、そうだった。正に今、蓮はその活動の真っ最中。
過去に思いを馳せて、すっかりその現実から逃避していたよ………

「つる……先輩の食事事情が改善されるなら喜んで」

田中の方を横目でちらりと見て、キョーコちゃんが言い直した。
個室に入ってからも帽子とサングラスを外さない蓮に、その名を言ってもいいのかどうか躊躇したのだろう。

こういうことには本当に聡くて気の利く子なのに、どうして蓮の気持ちに気付かないんだろうなぁ。
さすがラブミー部ということか……なんたって社長公認・愛の欠落者第一号だもんな……

「先輩、先のお弁当のことより今は目の前のお食事のことを考えてくださいね。ウーロン茶だけなんてダメですよ」
「そ…そうだね」

……ああ、牽制のための話題を当の本人にさっくりと流される蓮が哀れでならないよ……

「大将の作る料理はどれも美味しいんですから、いっぱい食べていってくださいね。社さんと……え……と?」
「田中だよ、キョーコちゃん」
「田中さん?田中さんもですよ。いつもお酒の方が多くお腹に入っているみたいですからね」

キョーコちゃんの言葉に田中がきょとんとした顔をする。

「お酒の方が多くって……?」
「田中さん、だるま屋によくいらしてくれるじゃないですか。どんなものを注文しているか覚えてますから、私」
「へぇぇ、本当に?」
「はい!田中さんがかかさず注文されるのは鳥の軟骨揚げでしたよね?」

にこっと笑ってみせるキョーコちゃんのその表情は凶悪と言ってもいいだろう。
真面目で仕事に手を抜かない彼女らしく、客へのリサーチとサービスに余念がない。

さすが、さすがだよ、キョーコちゃん。
でもさ、俺、怖くて目の前の男の顔が見れないんですけどーーっ!!

寒々と漂ってくる冷気をキョーコちゃんも気付いたのか、そろりと蓮を振り返る。

「あ、あの……?」
「最上さん」
「は、はぃぃぃ」
「最上さんの助言に従って、注文したいんだけど……いいかな」
「はい!どうぞ!!」

シャキンッとキョーコちゃんが右手にボールペンを、左手に伝票を構えた。
いつでも来い!といわんばかりの迫力は鬼気迫るものがあり、かつて見た受け入れ態勢顔であることを思い出す。

キョーコちゃんの中の蓮のイメージって、よほど凶悪なんだろうなぁ。
……まあ、無理もないけどさ。

メニューの中の数品を蓮が選ぶと、「じゃあ俺も……」と田中が注文を続けた。

「俺もキョーコちゃんの言う通りに、そろそろ鳥の軟骨揚げをお願いするかな」
「かしこまりました!」
「キョーコちゃんって本当に商売上手だよね。ああ言われたら注文するしかなくなるもんな」
「えへへ、そうですか?」
キョーコちゃんは嬉しそうにちょこんと小首を傾げる。

だからっ、キョーコちゃん!
それが蓮の機嫌を悪くさせているんだって!!
堂々巡りだろう、これじゃあ!!

ああ、なんだか俺、胃が痛くなってきた…………


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