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恋の、前兆……?

敦賀さんの言葉に思考が止まる。

そんなこと……あるわけがない。
だって違うんだもの。
違うって私、分かっているもの。

うまく働いてくれない頭をなんとか回転させて、以前導き出した答えを手繰り寄せる。

だって、そう……抱きしめられて艶やかな表情で「キス教えてあげようか」だったのよ?
あんな状況なら誰でもドキドキするに決まっている。

百瀬さんだって帝王な敦賀さんに接して、あんなにうろたえていたじゃない。

そうよ、別に私だけのことじゃない。
私だけのことじゃないんだから……!

「恋の前兆だなんて、そんなことありません」
「いやに断言するね。それはなぜ?」
「敦賀さん、あなたは共演者キラーの異名を持つほどの俳優なんですよ?私みたいな新人なんて、簡単に演技に引き込まれてしまいます。だから……」

『悔しいですけど…っ』
喉元まで出掛かったその一言を、辛うじて胸にしまう。

敦賀さんと共演して改めて分かったのは、私とこの人とでは演技の奥行きに雲泥の差があるということ。
ひよっこの私なんて、とても比べものにならない。

でもいつか……いつかきっと……

「演技に引き込まれた?そんな単純なことではないよ、最上さん。君はおそらく、君が思っている以上に鋭いのだから」
「……え……?」

含みを持った敦賀さんの言葉に、私は顔を上げた。


          *************


演技と言われれば、確かにあれは演技だった。
自分の心を知られまいと咄嗟にとった、誤魔化しのための行動。

だがそれは嘉月ではなく俺自身の想いを隠すための方便で、それを演じたのは敦賀蓮ではなく本来の俺自身だ。

「君の言う『夜の帝王』は俳優、敦賀蓮の演技ではなかった。その意味を君は理解しているはずだよ」
「……どういう意味ですか……?」

それは君自身に聞いた方が早いんじゃないのか?
あれがまるで別人のようだったと、そう俺に話した君なのだから。

『君の今夜の時間と身体をもらいたい』
そんな口説き文句のようなセリフにも、眉一つ動かさなかった君。
それがあの夜以降、俺が箍を外しかけると敏感に察して警戒する素振りを見せるようになった。

「君は俺の演技の裏にある真実に気づいている。でもそれを見たくなくて鍵をかけようとしているんだ」

愛されたくも、愛したくもない。
そんな頑なな心を持っている君。

「怖いんだろう……?それを意識することによって、変わってしまうことが……」

だから封印しようとするのだろう?
君の心に宿り始めた、淡い想いさえも一緒に。


          *************


なぜなんだろう。
敦賀さんにとって大した話題ではないはずなのに、どうしてこの人はここまで拘るんだろう。

分かっているのは私が今、確実に追い詰められているということ。

ここで安易な受け答えをしたり変に取り繕おうとすれば、敦賀さんは簡単に見抜いてしまうに違いない。
確実に存在している背後の壁……あと何歩後ろに下がれば当たってしまう……?

敦賀さんが何を言いたいのかは分からないけれど、とにかく正直に話した方がいい。

「確かに私は『夜の帝王』の敦賀さんは別人のようで苦手ですし、ドキドキして心を乱されるのも嫌です」

だってあんな思いはもうしたくないんだもの。
胸が高鳴って切なくて苦しいほどで……でもそれは私の一方通行の想いでしかなくて。
それを知った後に、突き落とされた底知れない深い絶望の闇。
復讐という目的がなければ、私はどうなっていたか分からない。

もう嫌なの。本当に嫌……っ。
あんな、世界を……自分の存在の全てを否定するような思いはもう真っ平……!

だから……

「でもそれは敦賀さんが考えているほど、深い意味なんてなくて」

もう、恋なんてしなくていい。

「敦賀さんのように異性とのお付き合いを経験している人には、こんな事で動揺する私のような子供は理解できないかもしれないですけど」

恋の前兆なんて、そんなものあるわけない。

「ああいう事は私にとって初体験で、免疫がなくて……ドギマギしてしまうのは当たり前で」

私は絶対に、恋なんてしていない。

「だからあれは特別なことなんかじゃなくて、別に相手が敦賀さんじゃなくてもきっと私……」

バンッ!!

突然の大きな音に驚いて、身体がビクリと竦む。
思わず瞑った目を開けると敦賀さんがテーブルに両手を付き、身を乗り出して私を睨むように見つめていた。


          *************


「俺じゃなくてもきっと…?それで……?君はそんな風に結論づけてしまうんだ……!?」

冗談じゃない……っ。
これだからこの子は油断がならない……!

冷たい氷が溶けるように芽生え始めた恋心……それを他の男に対しても向ける気か?
それを俺が黙って見過ごすとでも?

ふざけるな……っ。

「やっぱり失敗したな、俺は」
「な……何を…ですか……」

最上さんが恐々と俺に聞く。
この状況で声が出るとは、彼女も肝が据わっている……それともただ状況が分かっていないだけなのか?
皮肉交じりに頭の隅でチラリと考える。

「こんな料亭ではなく、自宅に君を招いていれば良かったということだよ」

彼女の気持ちが俺に向くまでゆっくり待とうなどと、そんな余裕を持っていた自分が可笑しくて仕方がない。
この子が持つ恋愛への抵抗感は俺が考えていた以上にシビアで、それを避けるためならどんな理由付けをもしてしまう。

待っていたいと、そう思う気持ち自体に変わりはない。
だがそのための道を切り拓いていかなければ、この子は俺が少し目を離した隙にどこか脇道へと入り込んでしまうだろう。

置いておかなければ……君が俺に迷わずに辿り着くための道標を。

「こんな…って、あの、料理も美味しいし、窓から見えるお庭も手入れが行き届いていて素敵な所だと……」

とことん本筋から離れようとするこの思考も、君が無意識の内に作り出す逃げ道の一つなのか。
でも残念ながらね、今の俺はそれを許す気はないから。

「そういう意味ではなくて、気兼ねなく君と二人っきりになれる場所にすれば良かったと、そう思って……ね、最上さん……?」

彼女の顎を手に取り、俺は本来の自分を解放した。


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