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「事務所のロビーで君と会ってからそれほど長い月日が流れたわけではないけれど、それでも俺はあらゆる君を見てきたよ」

敦賀さんが私に注いでいたきつめの視線をふっと緩めた。
同時に警戒態勢に入っていた私の心のバリアーも呼応するように僅かに弱まる。

でも完全に解くわけにはいかない。

それは余りにも危険すぎて。
この人の言動は、容赦なく私の心を揺さぶるのだから。

「以前の君は何かに追い立てられるように余裕がなくて、いつも噛み付かんばかりの勢いで俺に接していたね。もっともこれは俺にも問題があるんだけど」

はい、本当に……と、出会った当時の敦賀さんの意地悪の数々を思い出して、大きく頭を振りそうになるのを寸でのところで抑えた。

「ラブミー部に所属してから、君はしっかりとしたプロ意識を持って仕事に取り組んでいた。大嫌いな俳優の代マネになった時には風邪で倒れた相手を一晩中看病したり、病人食を作ったりしてね」

にーーっこりと笑う、その意味深な笑顔に顔が引き攣る。
そういえば聞かれていたんだっけ……呪い人形を使った、秘密の敦賀さんごっこ!

「あ、あの頃は敦賀さんのことをまだよく知らなくて……今は嫌いなんてことはないですよ……っ」
「じゃあ、今は少しは俺のことを知ってくれて、多少なりとも好意を持ってくれているということかな?」
「勿論です!敦賀さんのことは尊敬してますから、私!」
「……尊敬ね。まあ、いいけど……」

全然良くない調子で敦賀さんが呟いた。
どう言えば良かったのか、相変わらずこの人の考えている事は分からない。
敦賀さんの事を『少し』は知ったつもりだけど、でもこの人は私にとって依然、謎の人だ。

そういえば彼の人となりを知ったのは、あの代マネの時だった。
仕事に対して真剣で、大人な考え方をしていて、それでいて子供みたいな屁理屈を言って、そして……

「君の看病のお陰で風邪が治り始めた頃だったかな。復讐とは別の理由で君が演技の勉強をしていることを聞いて……『自分の世界を広げたい』と、そう言った君は輝いていて俺は目を奪われたよ」

目を奪われたのは、私の方だった。
敦賀さんが私を理解してくれたばかりか、あんなに甘やかな表情を見せてくれるなんて思いもしなかったから。

あの頃から私は敦賀さんに憧れて、そして恐れるようになったんだ……この人の信用を失う事を。


          *************


君と再会してからの出来事を少しずつ辿っていく。
その遠くはない過去に、共にあった俺という存在を君が認識してくれるように。
俺の中で君の印象が変化したように、君の中で俺がどう変わっていったのかを意識してくれるように。

「ダークムーンで未緒役に抜擢されたと知った時は驚いたよ。まだ事務所のバックアップのない状態で、連続ドラマの役のオファーがきたのだからね」
「……あれは……アイツを踏み台にした結果です」

そのことについては演技を復讐の道具にしたと敦賀さんのお叱りを受けましたので……と、最上さんが小さな声で付け加えた。

俺が怒ったのはそんなことが理由ではなかったのだけれど、あの時の俺はそれを自覚していなかったし、彼女がそう思っているならわざわざ訂正することもない。

「君は既に謝ってくれただろう?気にする事はないよ。どちらにしても手に入れたチャンスは活用しないとね。未緒を演じる事で君は俳優として確実にステップアップをしたし、世間の注目も浴びて仕事の依頼も増えた。それはひとえに君の実力だ」

今後彼女が芸能界でどのように変貌していくのか、私情を抜きにしても楽しみだと思う。

「それから俺が嘉月を演じられなくなった時には、気にかけて助けてくれたね。改めて、ありがとう」
「それは……敦賀さんにはお世話になっているので少しでも恩返しができたらなって思ったので……結局大したことはできませんでしたけど」
「そんなことはないよ。君のお陰で俺はスランプから抜け出せたのだから」

この子がいなければ俺はあの状況を打破できたかどうか自信がない。
もっともその代わりにどんな名医でも治すことができないという難病に侵されて既に手遅れだということにも気づいてしまったわけだが。

――顔を見ただけで、辛いときでも嬉しくなれる。
鶏君の言葉の本当の意味を、俺は計らずも理解することとなった。

「君が……」
「はい?」
「君が俺に自然に笑いかけてくれるようになったのは、いつの頃からだったのだろう」

その向けられた笑顔に幸せを感じるようになったのは。


          *************


敦賀さんが目を細めて、柔らかな表情で私に聞く。
そう尋ねられても答えようがないのだけれど……

でも、敦賀さんが私に初めて純粋な笑顔を見せてくれたのがいつだったのかは覚えている。
ファミレスでハンバーグを食べていた私に敦賀さんが妙に優しく笑いかけてくれて、胸の鼓動が一つ跳ねた……多分、あの時。

顔を合わせれば嫌味を言われるか意地悪をされていた。
それが代マネをしたことがきっかけで緩和して、ダークムーンで共演をするようになってからは神々スマイルまで向けてもらえるようになって。
もしかしたら自分で思っているほど嫌われてないのかも、って考えられるようになった。

「最上さん、俺は俺なりに君のことを見てきたつもりだよ」

私もなまじ嫌われていた分だけ、敦賀さんのいろいろな側面を見てきたと思う。

「硬く閉じた蕾が暖かな日差しを浴びて徐々に花開いていくように、ひどく傷ついて頑なだった君の心が解れて、本来の君を取り戻しながら世界を広げていくのを」
「本来の私……?」

……って、それは一体どんな私なのだろう。
敦賀さんには見えている?

「ああ、気が強くて負けず嫌いで、そのくせお人好しで騙されやすくて、とんでもなくメルヘン思考、かな」
「……すみません、そんな厄介な性格でっ」

嫌味なほど的確な評価に、むうっと口を尖らせる。
敦賀さんは口元に手を当てて、クスリと小さく笑った。

「それからね、明るくて前向きで頑張り屋。辛い事があってもそれを乗り越えて、負を正に変える強さを持っている。優しくて情が深くて、顔を合わせただけで胸の奥から温かいものがこみ上げてくる。そんな君が、もしも……」
「……もしも……?」

間を置いた敦賀さんを疑問に思い、同じ言葉を繰り返す。

「もしも俺を恋の相手として見てくれるなら、とても光栄なことだと思う。そう言ったら、また冗談に聞こえるかい?」


          *************


彼女がゴクリと息を飲んだ。
和やかな思い出話から、現実に引き戻されたことに緊張を張り巡らせて。

「冗談……とは言いませんが、買い被りすぎだとは思います。私は敦賀さんにそう言って貰えるほど人間ができてません」
「言ったろう?君は俺にとって、魅力的な女性だと。あれも嘘ではないよ」
「敦賀さん……っ」

俺の名を呼ぶその声は震えを帯びていて、どこか縋るような響きを宿していた。
もうこれ以上は言わないで欲しいと、そう訴えるように。

「ねえ、最上さん。俺は決して君を一人にしたりはしないよ」
もう二度と君に孤独と絶望などというものを味合わせたりはしない。

「両手いっぱいの未来を抱えている君をそのままに受け止めて」
君が君を見失なわずに、前へ進めるように。

「例え憎まれても構わないと思うほど、君を想っている」
自分の感情に蓋をする必要はないから。

だから俺を見て。
他の誰でもない、この俺を……!

「どうして……」

最上さんの口から言葉が零れ、自ら発したその音に促されるように後を続けた。

「どうしてそんな事を……敦賀さんは一体、何を考えているんですか。一体私に何を望んでいるんですか……っ」
「ようやく俺を振り返ってくれたね」

自分の想いに囚われてひたすら逃げ続けていた君が、やっと俺に振り向いた。

言うつもりではなかった。
まだ俺自身の準備も整っていない段階で、そうするべきではない事も分かっている。
――だが……

「君の恋の相手でありたいとそう願うのは、俺の恋の相手が君だからだ。俺は……君が好きだよ、最上さん」

もう既に引けないところまで来てしまった――



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