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これを受け取ったら何か悪い魔法にかかるような――……

あの時漠然と思った『これ』。
それはきっとコーンそのものではなくて、敦賀さんがコーンに込めた何か。
その魔法が今頃になって効いてきたの?

「最上さん」
「あ、はっ、はいっっ!!」
敦賀さんに呼ばれて思わずビッと姿勢を正した。

私ったら当の本人がすぐ横にいるっていうのに、こんな事を考えていて、敦賀さんに気付かれてしまったらどうするの!

……気付かれる?
思った瞬間、浮かんだ言葉に疑問を感じた。
何を気づかれると言うんだろう。
私自身ですら分かっていないというのに。

それに、何かが違う気がする。
本当に私は、魔法にかかったの……?


パチン。

軽く弾ける音がした直後、車内がオレンジ色の光に包まれた。

「最上さん、ちょっと開けるよ」
「はい?」
条件反射で返事をしたものの何の話かと首を捻ると、運転手側のウインドウが開き始めた。
全開になった空間から湿気を含んだ冷たい空気が一気に流れ込んできて、寒さにギュッと肩を竦める。

どうしたんですか?と聞こうとしたとき、敦賀さんは窓の外へと真っ直ぐに左腕を伸ばした。

「敦賀さん?」
いきなりの行動に思わず疑問の声を上げる。
敦賀さんはそれには答えずに、車外から戻した腕を私の目の前へと差し出した。

「どう、見える?」
上質そうな黒いコートの繊維の上に、幾つもの雪の欠片が乗っている。
そのうちの幾つかに残っている形は――

「結晶……!」
中心部から六本の枝が伸び、そこからまた小さな枝葉が付いて六角形を象っている。
まるで華のような小さな芸術品。
様々な結晶が重なって雪の一欠片になっているのだと気付いた時には、もうそれは一つの透明な塊へと姿を変えてしまった。


          *************


「……結晶が見えるなんて……」
「肉眼でもね、見える時があるんだ。全部が全部という訳ではないけど、こういうサラリとした軽い雪だと見えやすいね」
「知りませんでした。結晶なんて顕微鏡でしか見えないと思っていたので……思い込みが目を眩ませていたんですね!」
彼女は手を胸の位置で組むと、目をキラキラと輝かせ始めた。

「こんなに綺麗なものが空から降って来ているのに、知らない人や興味を持たない人には本来の美しい姿は見えないなんて……」

『まるで人知れず、森で戯れる妖精達のよう……!』
そんなことを思っているんだろうな、と想像して思わずクスクスと笑いが零れた。

「……すみません、何かというと現実世界を抜け出し気味で。可笑しければどうぞ笑ってください」
俺の笑い声で我に返ったらしく、少しばかりスネた調子で言う彼女に、そうではないよと否定をする。

「俺もね、結晶を見ると違う世界に迷い込んだような不思議な錯覚に陥るよ。すぐ消えてしまうと分かっているのに、手にとっては一瞬の儚い美に心を捕らわれてしまう」

雪の結晶なんて、何年振りに見ただろう。
子供の頃は雪が降る度に氷の織り成す形が見えるかどうか、ワクワクと目を凝らしたものだった。
だがいつしかそれを確認する事を忘れ、雪を綺麗だと思うこともなくなっていた。
そんな気持ちの余裕すら持てなかった。

車外では雪が風に吹かれ、花びらのように舞っている。
今、目にしている光景を美しいと感じるのは、一緒にこの風景を見ている人が隣にいるからなのだろう。

例え数分でもいいから一緒にいたいと、そんな風に思った相手は彼女が初めてで、その気持ちを受け止めてもらえてこうして話している事がくすぐったいほどに嬉しくて。
無垢な子供のように気持ちが浮き立っているのが分かる。
君と再会し恋に気付いてから、俺は自分自身も知らなかった俺に何度出会ったことだろう。

そしてこれからも、俺は新たな自分を発見していくに違いない。


          *************


不思議な錯覚に陥るんだと、そう話す敦賀さんの言葉に誇張は感じられなくて、私に話を合わせてくれている訳ではなさそうだった。
何よりも、敦賀さんの表情がそう語っていた。

「……みたいだったもの……」
「え?」
無意識にぼそりと呟いた言葉が敦賀さんの耳に入ってしまい、しっかりと聞き返されてしまう。
「いえ、何でもないです」
「……ん?」
短い促しの言葉に、このまま黙り込む事は無理だと悟る。
でも敦賀さんのような年上の人にこんな事を言ったら、怒られるだろうし……でも、口に出した以上、今更ごまかすことも出来ない。

「えっ、と……そのぉ……まるで少年みたいだな、なんて思ってしまったものですから……」
敦賀さんの顔を上目遣いに見ながら、恐る恐る白状した。
「あのね、君は俺を何歳だと思ってるんだ?一応『少年』からそう遠い歳ではないんだが」
返ってきたのは予想とは異なる言葉。
言われてみれば、確かにそうなんだけど……

「それは勿論分かってます。でも敦賀さんは『少年』と言うよりは『青年』で……と言うか、立派な大人で!落ち着いていて、何事にも動じないイメージなんです」
「ずいぶん買ってもらっているようだけど、俺、大人の仲間入りをようやく果たしたという程度の若造に過ぎないんだけどな」
「………………」
敦賀さんの言葉に思わず黙り込んで考えてしまう。
それはあなたには余りにも不似合いな言葉ではありませんか?

「何か言いたいことでも?最上さん」
「いえ…だって……敦賀さんが二十歳だっていうことは知ってますけど、『ようやく大人の仲間入り』とか『若造』とか、敦賀さんらしくない言葉だったので……」
「らしくないかな?」
「正直言って似合いません。それに私にとって敦賀さんは何でも熟知していて、常に余裕のある大人だという印象ですし」

いつも、迷いがちな私の手を優しく引いて導いてくれる。
敦賀さんは私にとって、『大人』と呼ばれる誰よりも、身近で信頼できる人だから。


          *************


確かに今まで若さを何かの理由にしたり、言い訳に使ったりしたことはない。
だからそういう言動が似合わないと言われれば否定するつもりもないが、余裕があるというのは大いなる誤解だと思う。
特に彼女に関しては。

「余裕なんてないよ。何事にもいつもベストを尽くせるように、万全の態勢でいられるように心がけているだけだ」
「そういうところが大人なんです。言うほど簡単にできることではありませんから」
「まあ、仕事に関しては一度現場に入ってしまえば子供だなんて言ってはいられないからね。ただ精神面に関しては……」

……充分に大人だと思っていた。
辛い経験をした分だけ、成長できたのだと。
だが――

「心に関してはね、まだまだ子供だと自覚したよ。君に出会ってからは特にね」
「私に会ってから、ですか?」
最上さんが引きつった表情で固まった。
「……もしかして……私があまりに子供っぽいので、その相手をするには敦賀さんの精神年齢を下げないといけないとか……?」

全く……
彼女の様子に苦笑して、前髪を掻き上げた。

君はどうしてこんなに思いがけない反応をするのだろう?
むしろ逆だと言うのに。
君を大人の女性として意識したからこそ、俺は生まれて初めて抱いた感情に翻弄されて、自分の気持ちに、そして君への接し方に戸惑って。
経験のない子供のように無我夢中で、悩みに悩んだというのに。

少しは君にも意識してもらえないと、俺の恋心も報われないな。


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