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顔を合わせれば嫌味を言われるか、意地悪をされるか。

そんな状況で交わしていた喧嘩腰の会話を振り返れば、私のような跳ね返りを相手にしている事をまるで子供のようだと言われれば、成る程そうかもしれないと思ったけれど。

君が考えているようなことではないから、と敦賀さんは否定する。
じゃあ一体……?

「そうだね、例えば左手を貸してみて?」
「……?はい」
「手の平ではなくて、裏返してくれるかな」
「裏返す……手の甲ですか」
「うん、そう」

言われた通りに手首を捻って手の甲を表にすると、下から掬い上げるように持ち上げられた。
重なった手の向こうにあるのは、微笑み。
オレンジ色の明かりに照らし出された敦賀さんの表情に、目を奪われた。

艶のある瞳、意思を持って笑む口元……誘いをかける強い引力。
捕えられそうな錯覚の中、スローモーションで運ばれるのは敦賀さんに預けたままの左手。
それが整った綺麗な形の唇へ向かって……

……って、ええっ……!?

「ちょ…っ…」
……と待って下さい!と続けるはずの言葉が口から出る前に、小さな音を立てて優しい感触が指の付け根に触れた。

「な……っ……な……」
「なんだい?」
「なんだいじゃなくて、何をするんですか、敦賀さんっ!」
一瞬機能を停止した頭を、なんとか動かして抗議をする。

「何って、キス。どうやら俺は誰かさんのように手首をつねられずにすんだみたいだね」
良かった、良かったと敦賀さんは暢気に頷いている。

ああもうっ、色々と突っ込みたいところが多すぎて、どこから始めるべきなのか……!

まず『誰かさん』っていうのは名前を思い出すのも腹が立つ、あの軽薄気障男のことよね、やっぱり。
私が未緒だと気付かなかったあげくに、それを誤魔化そうとご機嫌取りのセクハラまがいな行動をしようとした……!
「敦賀さんともあろう人が、何も好き好んであんな男のマネをしなくても!」
「別にマネをした訳ではないけど、嫉妬はしたかな?」

……は…!?……

突拍子もない行動の後の、飛んでもない発言。
唖然として返すべき言葉を失くした私に、敦賀さんはにっこりと綺麗な笑顔を見せた。


         *************


開いた口が塞がらないとはこういう事を言うんだろうな、と絶句する彼女を見て思う。

「結局は君の抵抗にあって未遂だった訳だし、こんなつまらない事で……と思うだろう?でも俺は嫌だったよ。君が他の男に触れられるのも嫌なら、楽しそうに話をしているのも嫌だ。……ね、子供みたいだろう?」
「ね……って……」
呆然と彼女が独り言のように呟く。
まるで支離滅裂だと言う事は、こちらも承知の上だ。

「今まではそんな自分勝手な思いは腹の中に隠し込んでひたすら耐えるだけだったけど、こうして君に打ち明けることができるっていうのはいいね。スッキリするし、予防線を張ることもできる」

何よりも一方的に嫉妬をして君を傷つけるような、愚かな事をしないで済む。
つまらない感情で君を怯えさせるよりは、牽制を込めて話してしまった方がマシだ。
君にとってはどちらにしても迷惑な話には違いないだろうが、理由も分からずに怒りの感情をぶつけられるよりは対策が立てられるだろう?

……などと、自分勝手な理屈だよな――

そうと分かっていても君への独占欲が尽きることはないだろうから、今の俺にとってはこれが最善の方法。
不機嫌の理由が分かっていれば、君は俺に萎縮せずに意思表示をすることができるから。
例えばたった一言「迷惑だ」と言い捨てて、俺を一刀両断にすることも可能だ。
もっとも、その結果どういう行動に出てしまうのかは我ながら計り知れないから、そんな事態にはならないように君を追い詰め過ぎるような事はしないつもりだけれど。

……とは言え、本当にこの感情は難しい。
コントロールが効かない上に、加減の調整が思うようにならないのだから。

「なんだか……無茶苦茶な気がするんですけど……」
眩暈がするかのように頭に手を当てた君の言葉に、そうだろうなと苦笑する。

「それは否定しないけどね。だけど君は恋をした男がどんな思考をするか、少しは理解した方がいい。俺に限らず、他の男に対してもだ」
厄介な事にこんな風に君に翻弄される男が俺だけとは限らないのが実情だ。
少なくとも確実に一人、手強い奴が控えている。

「理解…ですか。え…っと、つまりこういう事なんでしょうか?」
「何……?」 
「子供っぽい男には気をつけろ、と」
嫌に真面目な顔で出した君の結論に、思わずプッと噴き出した。

違いない。

他愛無い事で怒ったり、笑ったり、嬉しくなったり。
そんな風に感情の波が激しくて、更には幼子のように屁理屈を言ったり、子供のように常識なく触れて来るような男は要注意だ。
そういう人間は、常なら退くべきラインを簡単に超えてしまう可能性があるのだから。

君にとって一番危険なのは誰かなんて、言うまでもないだろうけど……ね、最上さん。


         *************


「正解だよ。よく分かったね」
敦賀さんは可笑しそうに噴き出した後、クスクスと肩を震わせながらそう言った。

そんな風に笑われたら、素直に喜べないんですけど?
それにそんな厄介なものは、理解する前にできれば避けて通りたいんですが。

釈然としない思いで、ブチブチと心の中で文句を言う。
そんな私に気付かないのか、あるいは気付く気すらないのか、敦賀さんは至って我関せずといった調子だ。

「それはそうと、君にもう一つ解いてもらいたい問題があるんだ」
「……何ですか?」
少しばかりむくれていた私に、敦賀さんが打って変わって真剣な口調で話を持ち出した。

「この意味」
敦賀さんが左手をかざして、その一部に触れた。
さっき私が柔らかな衝撃を受けた、左手の薬指の付け根……そこと同じ場所を。

「これについては宿題にしておくよ。もし君が真剣に応えようと、そう思ってくれたなら……」

真っ直ぐな眼差しを受けて、身体に緊張が走る。
でもそれは私の心情を察知したかのように、すぐに柔らかな光を帯びた。

「その時は俺に教えてくれないか。君が俺の望む回答をくれたなら、その時にはとびきりのご褒美を用意しておくから楽しみにしていて」

……望む、回答……

いくら私でも、それがどんな意味を持つのかぐらいは即答できる。
小さな頃から夢見ていた、特別なところ。
この世でただ一人、一番好きな人の為にだけと、女の子なら誰もが胸をときめかせて大切にとっておく場所。

冗談でこんな言動をする人ではないと思っているけど……
でも……まさか……本気なんてことは……

――受け入れようと無理をしなくてもいい。
人との結びつきは、恋愛だけではないから。

取り乱した私に敦賀さんはそう言ってくれて、だから私は深く考えることなく安心してしまっていた。
敦賀さんとの関係は、今まで通り変わらずに続いていくのだと。
でも、もしかしたら私は勝手な解釈をしていたのかもしれない。

敦賀さんは待っているんだろうか。
私が変わることを。
二人の関係が変化する事を。

いつになるかも分からないのに……?

ううん違う。
敦賀さんが動いた事で、もう既に変化は訪れているんだ……

胸に重い石を抱えたような心持ちで敦賀さんを見上げると、ふわりと優しい微笑みを返してくれた。

なんだろう。
敦賀さんのまとう空気が柔らかくて、安心感を与えてくれる。

勿論、基本的に穏やかな人ではあるけれど、でもその一方で思考の読めない一面もあったから。
知らない内に地雷を踏んで怒りを買ってしまったり、からかいの言葉で一蹴されてしまったり……そんな不安定さが消えている。
その代わりに返ってくるのは、率直な言葉や顕わな好意。

――何か悪い魔法にかかるような――……

魔法にかかる事で恐れたのは、きっと……何よりも人を強く想う気持ちと、それによって自分を見失い狂う心。

もしかして……
今まで悪い魔法にかかって惑わされていたのは、私ではなく……敦賀、さん……?


         *************


心細げな様子で俺を見た君に、笑顔で伝えた。
焦る必要はないと。
俺を受け入れる決心ができたら、その時に聞かせてくれと。

まだ君の準備が整っていないのは、分かっているから。
だから君は、そんなに不安そうな顔をしないでいいんだ。

「どうした?」
車をだるま屋方面へと走らせてから、ずっと黙り込んでいるのをいぶかしく思い、助手席にちらりと視線を送る。

「いえ、何でもありません」
「何でもないようには見えないけど……?」
下を向き俯いている彼女の表情は、外の明かりだけが頼りの車内の中でははっきりとは窺えない。
店が面している大通りから、一本奥に入った狭い道路に一時的に車を停めた。

「最上さん?本当に、どうした」
彼女の顎に手をかけ、こちらへと顔を向けさせる。
はっと抵抗しかけた腕を捕まえて顔を見ると、その頬が真っ赤に染まっていた。
「最上さん……?」
少し強めに名前を呼ぶと、彼女は観念したように上目遣いに俺を見上げた。

「敦賀さんのかかっていた悪い魔法に気付いてしまって、本当にそうなんだと……自覚してしまっただけです」
「悪い魔法って……何を自覚したの」
「さっき料亭で敦賀さんが言っていた事です……っ」

俺が言っていた事……と言うと……告白のことか?
なぜ今、そんなことを……

「だって敦賀さんが優しくて、とても嬉しそうに笑うから、だから私……」

嬉しそうに笑う?俺が?
……それはそうだろう。
君の傍にこうしていられるのだから。
嬉しくて、幸せで、笑いなんて自然に零れてきてしまう。

…幸せ?………

――例えば顔を見ただけで嬉しくて、胸の奥が温かくなる……そんな些細なことに幸せが伴えば……

ああ……そうか、そうだったのか。

どうしてこんな簡単な事に気付かなかったんだろう。
簡単で、それでいてとても重要な事……!

俺は今まで散々悩んでは一方的な嫉妬をして、君を恐がらせた。
逃げる君を捕まえるために必死で追いかけて君を困惑させて。
追い詰められて四方を暗い壁に囲まれた君に、きちんと伝わるわけなどなかったんだ……!

「敦賀さん、笑いすぎです!いくら私が鈍感だからって……」
ハンドルに両手を置いて笑い崩れている俺に、君が抗議の言葉を投げた。

「いや、君を笑っているわけじゃない。可笑しいのは俺自身だ。俺は君に大切な事を伝えていなかった……その事にようやく気が付いたんだ」
「一体、何をですか?」

君の問いに、目を閉じて一つ深呼吸をする。
俺の想いが曲がって伝わらないように、君にきちんと届くように。

「俺はね……君が好きなんだ、最上さん」
「そ、それはもうお聞きしましたが……っ」
「ああ、でも俺はまだ君に知って欲しい事があるんだ」

君を好きになって、俺は今まで知ることのなかった色々な感情を知った。
そしてあまりに多くの想いが重なり過ぎて、一番強い感情を伝え損ねていたんだ。

「最上さん、俺は君と会えると嬉しいし、君と話していると楽しい。君といつまでも一緒にいられたらと願ってしまうほどに」
「……敦賀さん……」
「俺はとても幸せなんだ。君を好きになって人を想う幸せを知った。大好きだよ、最上さん。君が、好きだ……」

彼女は無表情に固まって、その数秒後、泣きそうな程に顔を歪ませた。
好きだよ……何度目かになる告白をすると、最上さんは黙ったままコクリと頷いた。
ポロポロと涙を零しながら、何回も首を縦に振る彼女の小さな頭を、そっと抱き締める。

これからの君の幸せ、それが俺と共にあるように。
その願いを実現するための一歩を踏み出そう。

焦らずに、君と俺の歩調に合わせて。
明日へと続く、未来への一歩を。


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「狗尾草 ―未来への一歩―」 END


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